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  Guanacoite, Mg2(Mg,Cu)3(OH)4(H2O)4(AsO4)2,の結晶構造精密化』 
    ~含水Mg-Cuヒ酸塩鉱物鉱物におけるヤーン・テーラー効果と結晶化学~

<はじめに>
 Guanacoiteは、2000年にKolitsch等によってチリのEl Guanaco鉱山から発見された含水Cu-Mgヒ酸塩鉱物であり、その化学組成はCu2Mg2(Mg,Cu)(OH)4(H2O)4(AsO4)2です。Guanacoiteは、同じ含水Cu-Mgヒ酸塩鉱物である、arhbarite Cu2Mg(AsO4)(OH)3 conichalcite CaCu(AsO4)(OH)を共生鉱物として伴います。その鉱物名“guanacoite”と化学組成は、国際鉱物学連合(International Mineralogical Association 略:IMA)の新鉱物・鉱物名委員会(Commission on New Minerals and Mineral Names 略:CNMMN)において、2003年に承認されました(IMA No. 2003-021; CNMMN pdfファイルはこちら)。Guanacoiteは、澄んだ青色の柱状結晶として産出し、その見た目の綺麗さから、収集家の間では早くから注目され、そのため既に市場にも広く出回っています(図1)。しかし、Guanacoiteの化学組成や光学特性、結晶形態、結晶構造など、鉱物科学的な情報については、いまだに詳しく調べられていません。2004年の新鉱物・鉱物名委員会CNMMN)の上述の新鉱物Report (Burke and Ferraris, 2004)によれば、Guanacoiteは、Akrochordite (Mn,Mg)5(OH)4(H2O)4(AsO4)2 と同形構造であると書かれています。Akrochorditeの結晶構造の特徴は、MgMnを占有しているM席が、MgM(1)席、M(3)席の順に優先的に配置することです。今回、Guanacoiteにおいて、そのM席の席占有特性はどのようになるのか、本研究ではGuanacoiteの結晶構造の精密化と合わせて、その結晶化学特性について研究を行ないました。

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    図1. Guanacoiteの結晶


<実験方法>
 試料は、模式地であるチリ、El Guanaco鉱山から採取されたGuanacoiteの単結晶を用いました。化学組成は、電子線マイクロプローブアナライザー(日本電子 JXA8621 Superprobe)によって決定しました。測定条件は、加速電圧20 kV、照射電子線の電流値10 nAZAF補正、定量分析のための標準試料には、Cuprite (CuKa)MgO (MgKa)GaAs (AsKa)を使用しました。また、PbCaNaBiFeMnSnZnSbCoNiPVSは、検出限界以下でした。H2Oの分析は、赤外線吸収分光分析によって確認しました。赤外線吸収分光分析は、FTIR分光計(日本分光 FT/IR-300)を使用し、KBr法を用いて行ないました。その結果、H2Oの定量性については、化学量論的に決定しています。5個の単結晶試料に対して電子線マイクロプローブアナライザーによって30点の定量分析を行った結果、Guanacoiteの平均化学組成は、Cu1.87(12)Mg3.13(12)As2.00(1)O8(OH)4(H2O)4 でした。
 単結晶X線回折測定は、イメージングプレート型X線回折装置(リガク Raxis-Rapid)によって行ないました。測定には、短柱状の結晶(0.40 ´ 0.10 ´ 0.10 mm)を使用しました。また、測定中はゴニオメーター上の試料部分を、クライオスタットによって-170℃に冷却して行なっています。X線回折強度測定の1フレームの露光時間は、3 /degとし、全部で44枚の回折イメージを測定しました。結晶構造は、直接法SIR97によって決定し、フルマトリックス最小二乗法CRYSTALS programによって精密化しました。消滅則から空間群P21/cに決定され、M席の席占有率の精密化を行なう前の段階で、R因子は3.8%に収束しました。また、この段階で、結晶系と単位格子は、CNMMNが報告したReport (Burke and Ferraris, 2004)のものと同じ結果が得られました。また、水素原子はO-H結合距離 (1.00 ± 0.05 Å)H-O-H (109.0 ± 1.0°)の束縛条件の下で決定しました。そして、最終的に1385個の回折に対して127個のパラメータを用いて結晶構造の精密化を行なった結果、Guanacoite の結晶構造は、R1 = 0.0309wR2 = 0.0818GOF = 1.036の信頼度因子を持って収束しました。

<結果と考察>
 2004年にCNMMNが発表したReport (Burke and Ferraris, 2004)には、Guanacoiteの化学組成は、Cu2Mg2(Mg,Cu)(OH)4(H2O)4(AsO4)2 と書かれています。今回の化学分析の結果から、MgCuの値をそれぞれプロットすると、それらの値はほぼ <Mg(apfu)> = 5.048 - 1.023 <Cu(apfu)> (R2 = 0.949)の回帰直線に乗ります。このことは、Guanacoiteの化学組成は(Cu,Mg)5.0(OH)4(H2O)4(AsO4)2 であることを示しています。また、それぞれの組成範囲は、Mgが、2.939–3.395 apfuCu1.588–2.048 apfu でした。そして、今回の化学分析の平均値は、Cu1.87Mg3.13As2.00O8(OH)4(H2O)4となりました。しかし、本研究で測定した分析値は、CNMMNReportに示されているGuanacoiteの化学組成式Cu2Mg2(Mg,Cu)(OH)4(H2O)4(AsO4)2MgとCuの組成幅からは逸脱する結果になります。
 Guanacoiteの結晶構造は、2004年のCNMMN Report (Burke and Ferraris, 2004)に述べられているように、基本構造はAkrochordite (Mn,Mg)5(OH)4(H2O)4(AsO4)2 と同形構造を形成しています(図2)。このときの平均As-O結合距離は1.688 Åであり、この長さはAkrochorditeのそれとほぼ同じです。また、M(1)席は、対称性の高い6配位を形成しており、M(1)-O結合距離は2.037–2.116 Å [平均 M(1)-O = 2.084 Å]、またM(2)M(3)席は、やや歪んだ6配位を形成しており、それぞれの結合距離は、M(2)-O = 1.938–2.742 Å [平均 M(2)-O = 2.159 Å]M(3)-O = 2.021–2.166 Å [平均 M(3)-O = 2.088 Å]でした。


     
 図 2. Guanacoiteの結晶構造 (a)[100]投影図 (b)[001]投影図


 席占有率の精密化の結果、M(1) = Cu0.168(1)Mg0.832(1)M(2) = Cu0.851(1)Mg0.149(1)M(3) = Cu0.000(1)Mg1.000(1) でした。つまり、M(1)席はMgが優先し、M(2)席はCuが優先し、M(3)席はすべてMgに占有されている結果を示していました。Cu2+陽イオンは、自発するヤーンテーラー(Jahn-Teller)効果によって、Cu2+陽イオン周囲に伸長した正方両錐体(4 + 2)配位を構築することが知られています。Guanacoiteの結晶構造では、M(2)席に最もCuが占有された結果、周囲の6つの酸素原子との結合距離が、4つの短いM(2)-O結合 [平均 M(2)-O = 1.974 Å]と、2つの長いM(2)-O結合 [M(2)-O(2) = 2.318M(2)-O(1) = 2.742 Å]に分かれています。
 Akrochorditeでは、Mgが完全に秩序配置せず、M(1)席、M(3)席に優先的に占有されるのみです(Moore et al., 1989)。今回、Guanacoiteでは、M(3)席のMgが完全に秩序配置していることが確認されました。このことは、CuM(3)席には決して配置されないことを意味しています。つまり、M(3)席はM(1)席のよりもわずかに大きい多面体サイズであるにもかかわらず、ヤーンテーラー効果を持つCuは、より小さくより多面体の歪が少ないM(1)席の方に優先的に配置されています。この事実からも、CuM(3)席には決して配置されないことが示されます。したがって、MgM(1)席、M(2)席、M(3)席に配置され、CuM(1)席、M(2)席にしか配置されないことから、Guanacoiteの化学組成式は、CNMMNが示したCu2Mg2(Mg,Cu)(OH)4(H2O)4(AsO4)2 ではなく、 Mg2(Mg,Cu)S3.0(OH)4(H2O)4(AsO4)2 の方がより適当であると言えます。また、この化学式の方が、本研究の化学分析での組成範囲と平均値Cu1.87Mg3.13As2.00O8(OH)4(H2O)4 にも良く一致しています。




謝辞: 本研究の一部は、財団法人池谷科学技術振興財団科学助成金による援助を受けて行われています。



詳しく知るには:

Atsushi Kyono: Compositional variability and crystal structural features of guanacoite. American Mineralogist, in press.




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