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 『不活性電子対効果が鉱物の結晶構造・生成に及ぼす影響』
  〜孤立電子対が支配する惑星内部での新たな鉱物生成原理の可能性について〜

<はじめに>
 惑星を構成する基本単位である鉱物は、惑星内部の温度・圧力・元素濃度の3つの条件によってその鉱物種が決定しています。現在の惑星進化に関する研究は、すべてこれに基づいた岩石学的なアプローチが中心です。また、地殻中の元素は、それらが濃集する鉱物種から、親気元素、親石元素、親銅元素、親鉄元素という4群に分類されています。しかし、そのような区分で単純に分類できない元素や鉱物も存在しています。例えば、地球内部で親石元素として挙動するアルカリ金属と非常によく似た化学的性質を持つタリウムは、そのような自らの化学特性にもかかわらず、地球環境下では硫化物に非常に多く濃集し、親銅元素としての特徴を顕著に示します。このことは、従来の温度・圧力・元素濃度では十分に説明出来ません。また、タリウムのような遷移元素より後ろに位置する重い元素は、その族の価数よりも2つ低い原子価で安定に存在し、原子周囲の配意環境を歪ませる効果を持ちます。これを不活性電子対効果と言います。この原因は、価数が2価低くなったことで孤立電子対となったns2電子軌道(n = 4, 5, 6)が、球体軌道の外側に突き出した軌道を形成するためです。不活性電子対効果を示す元素には、タリウムのほかに、Sn、Pb、Sb、Biなどが知られています。したがって、地球上の鉱物生成環境には、温度・圧力・元素濃度の地質学的な3つの条件に加えて、不活性電子対効果のような何らかの他の物理化学的な要因によっても支配されている可能性が考えられます。従って、本研究では、地球惑星環境における鉱物生成機構について、第4の条件の存在を検討すると共に、タリウム等の元素が持つ不活性電子対効果が鉱物に与える物性的な影響について実験的な検証を行いました。


<実験方法>
 研究方法は、タリウムの結晶構造内でのアルカリ金属としての元素特性を解析するため、通常の惑星環境では鉱物として産出しない、数種類のタリウムケイ酸塩(TlAlSiO4、 TlAlSi2O6、 TlAlSi3O8)を合成しました。そして、それらの結晶構造を解析し、天然で広く産出している親銅元素として挙動するタリウム硫化物(TlSbS2、 Tl3AsS4)とタリウム硫酸塩鉱物{TlFe3(SO4)2(OH)6}の結晶構造と比較を行いました。焦点は、タリウムの立体化学的効果と、それと同構造のカリウム、ルビジウムの幾何学的な構造の違いです。それらに着目し、タリウムの親石元素、親銅元素としての挙動の違いを明確にし、タリウム鉱物の結晶構造に及ぼす不活性電子対効果の影響をについて考察しました。
_____TlAlSiO4の結晶構造

<結果と考察>
 実験の結果、珪酸塩の場合には、タリウムの1次配位に不活性電子対効果が非常に強く影響していることが判明しました。しかし、2次配位以上の周囲のフレームワーク構造には、不活性電子対効果の影響はほとんど見ることは出来ませんでした。それに対し、タリウム硫化物・硫酸塩の場合には、タリウムの1次配位への不活性電子対効果による影響は、珪酸塩に比べると大きな変化はありませんでした。ところが、硫化物・硫酸塩の場合には、2次配位以上の配位環境に非常に大きな変化が見られました。その多くは原子パッキングが変化し、そのため構造変化が生じており、それによって空間群も大きく変化していました。つまりこれは、タリウムが親石元素として挙動する場合には、不活性電子対効果は、周囲のSi-Oによる強固な共有結合によって完全に包有され、極めて剛性的な環境内でその立体化学的効果が抑制されているのに対し、親銅元素として挙動している場合には、不活性電子対効果の特性を大きく発現させていると言えます。この要因については、HASB理論で用いられる、ハード塩基・ソフト塩基でうまく説明できます。つまり、酸素イオンに比べてイオン半径が大きい硫黄イオンの方が、電子雲の分極が容易なため、構造変形に対しても比較的結合の変化が柔軟であり、そのためタリウムの周囲の配位環境は弾力的に変形していると考えられるからです。そして、硫化物の方が不活性電子対効果の歪みに構造全体が適応して、構造上の歪みを容易に解放することが出来るために、タリウム硫化物は、地球上で最も安定に存在することが出来ていると考えることが出来ます。したがって、タリウムなどの立体化学的効果を持つ金属イオンには、温度・圧力・元素濃度の3つの条件以外に、第4の結晶化学的な要因も、鉱物の生成原理を大きく支配している可能性が導かれました。


謝辞: 本研究の一部は、日本学術振興会特別研究員の奨励研究助成金を受けて行われました。ここに感謝申し上げます。




詳しく知るには:

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata, Masahiro Shimizu, Shizuo Saito, Norimasa Nishida, Tamao Hatta: Synthesis of thallium-leucite (TlAlSi2O6) pseudomorph after analcime. Mineralogical Magazine, 63, 75-83, 1999.

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata, Masahiro Shimizu: The crystal structure of TlAlSiO4: The role of the inert-pair effect in the exclusion of Tl from silicate minerals. American Mineralogist, 85, 1287-1293, 2000.

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata: The crystal structure of synthetic TlAlSi3O8: Influence of inert pair effect on thallium on feldspar structure. European Journal of Mineralogy, 13, 849-856, 2001.

興野純, 木股三善, 清水雅浩: Tl6s2孤立電子対の結晶化学的挙動-鉱物種を限定する不活性電子対効果-. 岩石鉱物科学, 30, 180-189, 2001.

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata: Crystal chemical behavior of Tl 6s2 lone electron pairs: Inert pair effect imposing constraints on the mineral species. Trends in Geochemistry, 2, 43-58, 2002.



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