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 『立体化学的効果の変化による結晶構造の異方的膨張機構』
  〜Chalcostibite (CuSbS2)とEmplectite (CuBiS2)の結晶構造精密化〜

<はじめに>
 Chalcostibite(CuSbS2)とemplectite(CuBiS2)は同構造(isomorphism)であり、それらはMS5正方錐(M = Sb、Bi)とCuS4四面体がb軸方向に直接連結したチェーン構造で構成されています(Hofmann 1933, Portheine and Nowacki 1975, Razmara et al. 1997)。Razmara et al. (1997)は、両者の結晶構造をリートベルト解析によって精密化した結果、二つの構造間で、a、b軸の変化に比べてc軸の差が僅かである理由を[chalcostibite (c = 14.499(3) Å)、emplectite (c = 14.524(2) Å)]、c軸に垂直な強固なMS5正方錐とCuS4正四面体の連結シートが原因であると結論付けています。しかし、彼らの実験結果は、最小二乗法の収束の指標であるR因子の値が非常に大きく(chalcostibite RI = 26.8%, Rwp = 23.5%; emplectite RI = 14.9%, Rwp = 20.2%)、彼らが算出した原子座標や両者の結晶構造については、そのデータの信頼性が極めて低いと言わざるを得ません。したがって、本研究はchalcostibiteとemplectiteの結晶構造を再度正確に測定し、両者の結晶構造を精密に求め、その構造関連性について考察することを目的に行ないました。


<実験と結果>
 ChalcostibiteはRar el Anz産(モロッコ)、emplectiteはKaefersteige産(ドイツ)の試料を使用しました。電子線マイクロプローブ分析(EPMA)による定性・定量分析の結果から、両者は不純物をまったく含まない理想的な化学組成を持つ結晶であることが分かりました。それらの試料の中から、X線回折強度測定に適した結晶性の良い単結晶を選び、四軸単結晶X線回折装置によって回折強度を測定しました。格子定数は、10°≦ θ(MoKα) ≦13°の範囲から強度の強い25個の反射を選び、最小二乗法によって求めました。原子座標の精密化の計算にはSHELXL-97 program を用いています。測定の結果、chalcostibiteは斜方晶系、空間群Pnma、a = 6.018(1) Å、b = 3.7958(6) Å、c = 14.495(7) Å、V = 331.1(1) Å3、Z = 4 (533個の独立反射に対してR1 = 0.040、wR2 = 0.155)、一方、emplectiteは斜方晶系、空間群Pnma、a = 6.134(1) Å、b = 3.9111(8) Å、c = 14.548(8) Å、V = 348.8(2) Å3、Z = 4 (492個の独立反射に対してR1 = 0.037、wR2 = 0.112)に決定されました。


<考察と結論>
 両者の結晶構造は、MS5正方錐(M = Sb、Bi)とCuS4正四面体によって構成されています。実験の結果、chalcostibiteからemplectiteに変化すると、a軸は、6.018(1) Åから6.134(1) Åへ[伸張率1.9%]b軸は、3.7958(6) Åから3.9111(8) Åへ[伸張率3.0%]c軸は、14.495(7) Åから14.548(8) Åへ[伸張率0.4%]変化しています。

11Chalcostibite (CuSbS2)

11Emplectite (CuBiS2)


 両者の結晶構造を比較すると、emplectite中のBiS5正方錐のBi-S距離は、chalcostibite中のSbS5正方錐のSb-S距離よりも常に長くなっています。これは、Sb原子よりもBi原子の方が原子サイズが大きいためです。Chalcostibiteからemplectiteに変化すると、格子定数の値はb軸が最も大きく伸張します。このb軸が伸張する原因は、b軸方向のすべての結合がMS5正方錐のM-S結合によって構築されているためです。一方、a軸方向の結合は、MS5正方錐とCuS4正四面体の複合的な結合によって構築されています。そのため、a軸方向の単位格子の増加は、M-S結合距離の伸長だけでなく、CuS4正四面体の回転運動も寄与します。Chalcostibiteからemplectiteに変化すると、a軸方向のCu-S2-Cu 結合角度は、CuS4正四面体の回転運動によって大きくなります。したがって、結合距離の増加とCuS4正四面体の回転という二つの作用によってa軸の長さは増加しています。それに対し、c軸の長さの変化は僅かであり、a軸、b軸の変化ほど顕著ではありません。このことは、Razmara et al. (1997)の見解と一致します。今回の本研究の結果からは、c軸方向の長さの変化は、c軸方向のCu-S2-Cu 結合角度がemplectiteでは減少し、これが増加するM-S結合距離の効果と相殺し合うために、c軸方向の変化が非常に小さくなっていると考えられます。つまり、Sbの5s2孤立電子対の立体効果よりも、Biの6s2孤立電子対の立体効果の方が小さく、立体効果が減少したことでCuS4正四面体に回転運動が生じ、この回転運動が、c軸方向に収縮するような効果を与えているために、Sbよりも原子サイズが大きいBiに代わっても、c軸方向の変化は非常に小さくなると結論付けることが出来ます。したがって、chalcostibiteからemplectiteへの異方的な単位格子の変化は、結晶構造中でのns2孤立電子対の配列の方向に大きく関係しているために発生している現象であることが明らかになりました。


詳しく知るには:

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata: Crystal structures of chalcostibite CuSbS2 and emplectite CuBiS2: Structural relationship of stereochemical activity between chalcostibite and emplectite. American Mineralogist, 90, 162-165, 2005.



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