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 『As-S系鉱物の光誘起構造相転移メカニズムの解明』
  〜太陽光が地球表層物質に及ぼす光化学反応〜

<はじめに>
 光化学反応は、気体から液体、固体に至るまでの地球上の広範な物質群の中で見られる現象です。これは、励起状態における分子構造、分子軌道、電子配置、および準位構造といった構造一般と密接に関係しています。また、大気中のオゾン層の形成や、岩石・鉱物の風化、植物の光合成、動物の視覚や光走光性運動など、地球上の多くの自然現象も、太陽から地球にふりそそぐ膨大な量の太陽光線に由来しています。太陽光に起因するこれらの現象の多くは、光化学反応初期過程での励起状態のエネルギー移動、電子移動、プロトン移動によるものです。このことから、光励起に伴う分子・電子のメカニズムを解明することは、地球上の『光』と『物質』の関わりを明らかにする上でも、『生物』と『非生物』との関係を明らかにする上でも非常に重要です。
 地球表層に存在する鉱物の中で、鮮やかな赤色を示す鶏冠石(As
4S4は、500〜670nmの波長の光を照射すると、赤らか橙色に変色し、最終的には黄色の粉体に変質する性質を持っていることが知られています(下図)。

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 これは、鶏冠石が光化学反応によってパラ鶏冠石という物質に光相転移したためです。As4S4には、鶏冠石、χ相、高温β相、パラ鶏冠石の四種類の多形が存在しており、これらの結晶構造は、孤立したAs4S4分子と分子間のvan der Waals力によって成り立っています(e.g. Ito et al. 1952)。ところが、鶏冠石、χ相、高温β相の分子構造は、分子中の四個のAsすべてがAs一個とS二個に結合しているのに対し、パラ鶏冠石では、一個のAsはAs二個とS一個、二個のAsはAs一個とS二個、一個のAsはS三個と結合し(Bonazzi et al. 1995)、鶏冠石、χ相、高温β相のそれらとは大きく分子構造が異なります(下図)。

 鶏冠石、χ相、β相分子構造__パラ鶏冠石分子構造

 しかし、この鶏冠石からパラ鶏冠石に光相転移によって分子構造が変化するメカニズムについて、その詳細については現在まだ十分明らかにされていません。そこで本研究では、X線回折測定とX線光電子分光分析のそれぞれのその場観察により、鶏冠石からパラ鶏冠石への光誘起構造相転移について詳しく調べました。



<実験方法>

 試料はアメリカネバダ州ゲッチェル鉱山産の鶏冠石を用いました。粉末X線回折測定によって、試料は純粋な鶏冠石であることが判明し、初期段階での光変質物質は確認されませんでした。単結晶四軸X線回折測定では、測定中の光変質を避けるため、実験は回折装置全体を完全に暗幕で覆って行いました。そして、ゴニオメーターから1.5cmに光源をセットし、350〜800nmの可視光線を30mW/cm2の強度で照射し、測定と光照射6時間を交互に行ないました。X線光電子分光分析用の試料は、粒径を150〜300mmに揃えたものをシャーレに薄く広げ、単結晶X線回折測定の時と同じ光源を用いて光を照射しましたX線光電子分光分析は、光照射時間0h、6h、12h、18h、24h、30hの試料を使い、結合状態の変化を調べました。また、測定中は光変質を避けるため、X線光電子分光分析装置の試料室の窓はすべてアルミ箔で覆っています。


<結果と考察>
 X線回折測定の結果、光照射による鶏冠石の単位格子の変化は、先のBonazzi et al.(1996)の実験結果と完全に一致し、ac軸方向に伸長し、単位格子体積は増加しました。Bonazzi et al. (1996)は、この増加はAs4S4分子自身の膨張が原因であると予想していました。しかし、今回の実験からは、光変質の過程でのAs4S4分子の体積変化に、有意な差は確認できませんでした。それよりも、As4S4分子間距離が連続的に大きく増加していることから、単位格子体積の増加は、むしろ分子間距離の増加に起因していると考えられます。さらに、X線光電子分光分析の結果、光照射直後から試料最表面に酸化物(As2O3)が形成されることが確認されました。Bindi et al. (2003)は、化学式が不定比であるAs硫化鉱物であるalacranite(As8S9-x)に、As4S4分子とAs4S5分子が共存している理由を、“5As4S4 + 3O2 --> 4As4S5 + 2As2O3”の化学反応式を予察的に導入することによって説明しています。今回の実験で、光変質で鶏冠石の表面に酸化物層が形成されることを確認したことは、先のBindi et al. (2003)の予察を支持する結果であると言えます。つまり、鶏冠石は光変質過程で一時的にAs4S5分子(uzonite型分子構造)を作っていると考えられます。
 このようなAs4S4分子にS原子が一個加わりAs4S5分子が作られることは、次の現象を説明する上で非常に効率的です。第一に、鶏冠石の単位格子がac軸方向に膨張することに対して、幾何学的な説明をする上で非常に好都合であることです。第二に、相転移の過程で一度As4S5分子を経由する方が、鶏冠石の分子形態から直接パラ鶏冠石に転移するより遥かに合理的と言えます。そして、この一時的なAs4S5分子からS原子が放出されパラ鶏冠石のAs4S4分子形態に相転移することで、その時放出されたS原子は、再び次のAs4S5分子を作り出すというような、S原子1個を介在して結晶全体に相転移を波及させる連鎖反応も作り出すことが出来ます。第三に、As4S4分子とAs4S5分子の共存は、化学式が不定比であるAs硫化鉱物のalacranite(As8S9-x)の存在理由の説明にもつながります

___光相転移メカニズム鶏冠石-->As4S5分子-->パラ鶏冠石

 したがって、パラ鶏冠石は、酸化物の形成により一時的に発生したAs
4S5分子から、再びAs4S4分子に戻る過程で生成された分子形態であると考えられます。



詳しく知るには:

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata, Tamao Hatta: Light-induced degradation dynamics in realgar: in situ structural investigation using single crystal X-ray diffraction study and X-ray photoelectron spectroscopy. American Mineralogist, 90, 1563-1570, 2005.





謝辞: 本研究の一部は、財団法人実吉奨学会研究助成金による援助によって行われています。




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