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 『有機鉱物の生成メカニズムの解明と新規有機鉱物の探求』
111〜ベンゼンヘキサカルボン酸を基本単位とする金属錯体化合物の構造特性〜

<はじめに>
 宇宙の大部分が暗黒の無機的な世界であるのに対し、地球表層の僅かな部分には多くの生物が存在し、有機的な世界が溢れています。鉱物とは一般に、無機的なプロセスを経て天然環境で自然発生的に生成された物質です。そのため、鉱物の大部分が無機物質として認識されていますが、無機的な領域と有機的な領域の境界には、有機成分によってその結晶構造が形成されている鉱物が産出することがあります。これを有機鉱物と言っています。代表的なものは、サボテンやホウレンソウ等の植物組織内やヒトの腎臓結石として結晶化しているシュウ酸カルシウムであるwhewellite(CaC2O4・H2O)や、ベンゼンヘキサカルボン酸分子[C6(COOH)6]6-の誘導体として、亜炭、褐炭中に晶出するmellite(Al2[C6(COO)6]・16H2O)です。Melliteの結晶構造の構造単位であるベンゼンヘキサカルボン酸分子は、石炭層からもたらされる物質と考えられています(Gaines et al. 1997)。そのベンゼンヘキサカルボン酸は、多様な金属陽イオン(e.g. K+、 Cs+、 Ca2+、 Cu2+、 Y3+)を錯体イオンとして取り込み、多種類の化合物を形成すること物質としても知られています(e.g. Endres & Knieszner 1984)。この幅広い柔軟な構造特性は、ベンゼンヘキサカルボン酸分子と水分子の、水素結合を主体とする構造の性質に由来していることが実験によって示されています(Harnisch et al. 1999)。したがって、そのようにベンゼンヘキサカルボン酸が柔軟な構造特性を持つことは、天然環境においても、地球表層に豊富に存在する様々な金属元素を取り込んで、有機化合物を形成し、有機鉱物として存在している可能性が高いということを推察させます。また、共有・イオン結合が支配的な無機鉱物に比べて、水素結合が支配的な有機鉱物には、無機鉱物にはない特徴的な物性を示すことも期待でき、その物質科学的に未知な特性の開拓という面からも非常に興味深いテーマです。従って、本研究では、ベンゼンヘキサカルボン酸と、数種類の金属元素を出発物質に用て、合成実験から、自然環境に存在するベンゼンヘキサカルボン酸金属化合物の可能性ついて研究を行いました。


<実験と結果>
 合成実験の出発物質の選定には、Alと同じ正八面体配位を形成するという基準から、鉄(II)とマグネシウムの水和物を使用し、ベンゼンヘキサカルボン酸と硝酸鉄(II)九水和物ベンゼンヘキサカルボン酸と硝酸マグネシウム六水和物の組み合わせを出発物質に用いました。合成実験は、それぞれを、化学量論比で調合し、水溶液中に溶解して、14日間室温で反応させました。実験の結果、少なくとも14日間では水溶液に目立った変化は観察されませんでした。次に、同じ水溶液をAgチューブに封入し、200℃、3日間の条件で水熱合成を行いました。その結果、ベンゼンヘキサカルボン酸と硝酸マグネシウム六水和物の水溶液の方から、橙色から茶色の透明な結晶が得られました(下図)。

_____ 水熱合成実験で得られた結晶性物質


 定量分析(EDS)の結果、化学組成は Ag 26.18、Mg 6.74、C 22.37、O 44.71 wt%となり、したがって、原子数は、Ag 1.69、Mg 1.93、C 12.95、O 19.43 atoms になります。この数は、Ag 2.00、Mg 2.00,、C 12.00、O 20.00 atoms にほぼ一致することから、生成物は、化学組成が"Ag2Mg2[C6(COO)6]・8H2O"というまったく新規なベンゼンヘキサカルボン酸金属化合物であると考えられます。つまりこれは、ベンゼンヘキサカルボン酸と硝酸マグネシウム六水和物の水溶液が、水熱合成の結果、試料の封入管であるAgチューブと反応して析出した結果であることを示しています。次に、その結晶を、イメージングプレート型単結晶X線回折装置で測定しました。その結果、Ag2Mg2[C6(COO)6]・8H2Oの結晶構造は、空間群 P2/n、a = 7.4347(2) Å、b = 9.9858(2) Å、c = 14.4248(3) Å、β = 99.2429(5)°、V = 1055.01(4) Å3、Z = 2 [1707個の独立な反射{Io > 2σ(Io)}に対するR1 = 0.036 (Rw = 0.045)]であることが分かりました。


<考察と結論>
 本研究の実験で合成されたAg2Mg2[C6(COO)6]・8H2Oの結晶構造は、(101)面に平行な2次元層状構造をなしており、この層状構造に平行にAgが3つの異なるベンゼンヘキサカルボン酸[C6(COO)6]6-と結合した、歪んだ三方プリズムを形成していました(下図)。また、そのときのAg-O結合距離は、2.471(3) Å から2.606(3) Å でした。さらに、ベンゼンヘキサカルボン酸[C6(COO)6]6-は、層間でお互いの面が重なり合うように積層していました(下図)。そして、(101)面に平行なベンゼンヘキサカルボン酸分子とAgO6三方プリズムで出来た平面板状の面の間に、インターカレートされるようにMgO6正八面体が配位して、正八面体の上下二つの頂点が上下のカルボン酸と結合し、平面板状構造同士を連結して、全体の2次元層状構造を構築していました(下図)。

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 MgO6正八面体を構成しているMg-O結合距離は、2.040(4) Å から2.1155(5) Å であり、この結合距離は、他のベンゼンヘキサカルボン酸金属錯体化合物の中では、Ni-O [2.030(13) Å から2.116(9) Å (Endres and Knieszner, 1984)]、Co-O [2.070(2) Å から2.161(2) Å (Roble et al. 1991)]の配位多面体サイズのものに非常に近い値でした。また、2次元層状構造を形成する金属は、これまで、Ca、Mn、Ni、Cu、Yb (Uchtman and Jandacek 1980; Wu et al. 1995, Kumagai et al. 2002; Tamura et al. 1989; Wu et al. 1996)が報告されていますが、その中で、層間に6配位の多面体を形成しインターカレートされている金属は、Mn (Wu et al. 1995)のみでした。

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 本研究で合成されたベンゼンヘキサカルボン酸Ag-Mg錯体は、これまでに知られているベンゼンヘキサカルボン酸化合物の中でも、MgとAgの2つの金属を同時に錯体イオンとして結晶構造中に取り込んだ、非常に珍しい化合物です。この特徴は、カルボン酸の配位モードに良く現れています。つまり、AgとMgは、同一のカルボン酸の酸素と結合して、カルボン酸自身も、AgとMgに対し三座配位子(tridentate ligand)として挙動しています(下図)。このような配位モードは、これまでのベンゼンヘキサカルボン酸化合物の中では、まったく新規のものです。
_____11ベンゼンヘキサカルボン酸の三座配位モード



 本研究によってその結晶構造が決定されたAg2Mg2[C6(COO)6]・8H2Oと、現在までに報告されているベンゼンヘキサカルボン酸金属錯体化合物から、これらの構造にみられる共通の特性について調べました。着目したポイントは、多種類の化合物を形成する要因となるベンゼンヘキサカルボン酸の幅広い柔軟な構造特性についてです。この柔軟性は、これまで、ベンゼンヘキサカルボン酸分子[C6(COO)6]6-と水分子H2Oの、水素結合を主体とする構造の性質に由来していることが要因と考えられています(Harnisch et al. 1999)。本研究では、ベンゼンヘキサカルボン酸[C6(COO)6]6-と金属錯体MOn+を連結する水素結合の関係として、結晶構造に取り込まれる水分子(特に水素原子の数)と金属錯体の大きさについて調べました(下図)。


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111111111111Figure. 結晶構造内の水分子の数と金属イオン半径の関係

 その結果、金属の大きさと構造中の水素結合の関係に、明らかな相関関係が確認されました。つまり、小さい金属ほど多くの水分子を構造中に取り込み、水素結合によってその構造を形成しているのに対し、大きい金属ほどその数が少なくなっています。また、上図の△印は3次元ネットワーク構造、□印は2次元層状構造、○印は1次元鎖状構造を表しています。つまり、上図は、大きい金属ほど3次元ネットワーク構造であることを示唆しています。このことは、大きい金属ほど、金属錯体自身の配位結合手によって、複雑な3次元ネットワーク構造を形成しているのに対し、小さい金属は、金属の大きさが小さくなったことで生じる構造内のスペースに水分子を取り込み、水素結合を数多く作ってその構造を形成していると考えられます。つまり、価数が高くサイズの小さい金属イオンの方が、水素結合によって緩やかに構造が保たれているため、その柔軟性も大きく安定性も高いと考えることが出来ます。したがって、天然で有機鉱物として産するmellite(Al2[C6(COO)6]・16H2O)は、"Al"という価数も高く、原子サイズも比較的小さく、天然に豊富に存在する元素であるということから、ベンゼンヘキサカルボン酸分子と反応し、金属錯体を形成して、有機化合物として産出していると考えられます。



詳しく知るには:

Atsushi Kyono, Mitsuyoshi Kimata, Tamao Hatta: Hydrothermal synthesis and structural investigation of silver magnesium complex of benzenehexacarboxylic acid (mellitic acid), Ag2Mg2[C6(COO)6]・8H2O with two-dimensional layered structure. Inorganica Chimica Acta, 357, 2519-2524, 2004.



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