Pressure induced crystallization of biogenic hydrous amorphous silica

含水非晶質シリカからなる珪藻殻の圧力誘起結晶化の研究

興野純,横大路美帆,千葉崇,田村知也,辻 彰洋


Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 112, 324-335, 2017.

   【はじめに】 非晶質物質は,大気中や,河川,湖水,海洋,さらに堆積物中などに普遍的に存在している.非晶質物質は,比表面積の高さや反応性の高さから,地球の物質循環や生命活動にとても重要な役割を果たしている.非晶質物質は,その熱力学的性質から「ガラス」と「ポリマー」に分類される.非晶質物質の中で,ガラス転移を経験したものをガラスと呼ぶ.シリカガラスは,100GPaまで加圧してもガラス状態を維持し決して結晶化しない(Meade et al., 1992; Sato and Funamori, 2008; Sato and Funamori, 2010).一方,海域から淡水域にかけて広く生育している単細胞藻類である珪藻は,非晶質シリカポリマーの被殻を持つことが知られている.珪藻は,死後,その被殻が海底や湖底に沈積し,その一部は化石となる.ところが,珪藻殻が地層中で続成作用を受けると,その構造はオパールCTを経てチャートを構成するα石英に結晶化することが地質調査などから明らかになっている(Isaacs, 1982; Williams and Crerar, 1985; Williams et al., 1985).つまり,シリカガラスは決して結晶化しはないのに対し,珪藻(biogenic silica)の場合はきわめて容易に結晶化する.同じ非晶質物質であって,その圧力特性はまったく異なる.そこで本研究では,圧力での珪藻殻の構造変化の様子をその場観察し,珪藻の結晶化メカニズムを明らかにすることを目的とした.


【実験方法】 滋賀県長浜市余呉湖から珪藻(Nitzschia cf. Frustrum)を採集し単離培養した.培養後,メンブランフィルターで濾過した後, 次亜塩素酸水素ナトリウムとアセトンを用いて有機質を分解し,50℃で3日間乾燥させ珪藻殻のみを回収した(図1).珪藻殻の構造の解析は,KEK PF BL-8BでのX線散乱測定およびフーリエ変換赤外分光分析によって行った.珪藻殻の構造変化は,高温高圧その場ラマン分光分析によって調べた.さらに,第一原理計算(Gaussian09),熱力学計算(Geochemist's Workbench, Act2)を用いて,結晶化メカニズムを考察した.第一原理計算の非晶質シリカの最小単位モデルには,SiO4四面体の2量体分子であるジシロキサン分子を用いた.


【結果と考察】 ラマン分光分析の結果から,珪藻殻の構造はオパールAGから構成されていた.それを,100℃で0.3GPaに加圧すると,珪藻殻の構造は直ちにオパールCTに相転移した.次に,珪藻殻を100℃,5.7GPaまで加圧し1週間保持すると,珪藻の外形は消滅しコーサイトに変化した.続いて,珪藻殻を100℃,0.3GPaで1週間保持した場合,珪藻殻は,α石英とαモガナイトが共存する数μmの球晶に変化した(図2).αモガナイトは,メノウやカルセドニー,チャートの中に広く見られる繊維状組織で,SiO2の多形の一つである(Heaney & Post 1992).αモガナイトの結晶構造は,右水晶と左水晶のSiO4四面体フレームワークが互層した構造であり,SiO4四面体の四員環を持つことが特徴である.この四員環はシス型とトランス型の配置からなる.同じSiO4四面体の四員環は,コーサイトの構造中にも見られる.一方,α石英の構造は,SiO4四面体の四員環は持たず,SiO4四面体の結合様式はトランス型配置のみからなる.第一原理計算の結果からは,SiO4四面体の結合様式は通常はトランス型配置が安定であるが,水分子が接近すると,水素結合によってSiO4四面体の結合様式は60°回転してシス型配位に変化することが分かった(図3).このことは,珪藻殻の構造中には部分的にシス型配位が含まれていることを示唆しており,結晶化の過程でこれが構造欠陥として残ることで,αモガナイトが形成されていると考えられる.またこのモデルは,珪藻殻からコーサイトが形成される状況も説明することが出来る.


●参考文献

Arasuna, A., Okuno, M., Mizukami, T., Akaogi, M., Yokoyama, T., Okudera, H., and Arai, S. (2014) The role of water in coesite crystallization from silica gel. European Journal of Mineralogy, 25, 791–796.

Heaney, P.J. and Post, J.E. (1992) The widespread distribution of a novel silica polymorph in microcrystalline quartz varieties. Science, 255, 441–443.

Huang, W.L. (2003) The nucleation and growth of polycrystalline quartz: Pressure effect from 0.05 to 3 GPa. European Journal of Mineralogy, 15, 843–853.

Kingma, K.J. and Hemley, R.J. (1994) Raman spectroscopic study of microcrystalline silica. American Mineralogist, 79, 269–273.

Meade, C., Hemley, R.J. and Mao, H.K. (1992) High-pressure x-ray diffraction of SiO2 glass. Physical Review Letters, 69, 1387–1390.

Sato, T. and Funamori, N. (2008) Sixfold-coordinated amorphous polymorph of SiO2 under high pressure. Physical Review Letters, 101, 255502.





 



図1. Nitzschia cf. Frustrum被殻





図2. 100℃,0.3GPaで1週間保持した珪藻殻
α石英とαモガナイトからなる球晶に変化.






図3. 水素結合による配位形態変化
     
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