High-pressure behavior of cuprospinel CuFe2O4: Influence of the Jahn-Teller effect on the spinel structure

高圧下でのキュプロスピネル(CuFe2O4)の挙動: ヤーン・テーラー効果のスピネル構造への影響

興野純,Stephen Gramsch,中本有紀,坂田雅文,加藤正人,田村知也,山中高光



American Mineralogist, 100, 1752-1761, 2015

   【はじめに】 上部マントルの主要構成鉱物であるカンラン石(Mg,Fe)2SiO4は,地下400-660kmのマントル遷移層で,変形スピネル構造(β相)からスピネル構造(γ相)に結晶構造が変化する.スピネル構造は,一般式AB2O4で表され,正四面体型のA席と正八面体型のB席から構成される.このA,B席は,アルカリ金属から遷移金属まで幅広い元素を取り込むことができ,高い元素許容性を示す.一方,遷移金属は5つのd軌道を持ち,結晶場によってそれらの縮重が解けエネルギー準位が分裂する.電子はフントの規則にしたがって各軌道に分配されるが,軌道に非対称に配置されたときに,配位環境に大きな歪みが発生する.これをヤーン・テーラー効果(歪み)という.強いヤーン・テーラー効果を示す遷移金属イオンには,正八面体型配位では,Mn3+,Cr2+,Cu2+,正四面体型配位では,Cr3+,V2+,Mn3+,Cr2+,Ni2+,Cu2+が知られている(図1).しかし,スピネル構造はもともと等方的な面心立方格子であるため,スピネル構造自身に歪みはない.つまり,ヤーン・テーラー効果を持つ遷移金属イオンがスピネル構造に取り込まれた場合は,立方晶系の対称性の縛りによってヤーン・テーラー歪みを発生できずにその構造内に閉じ込められている.Fe2+も,A,B席の両方でヤーン・テーラー効果の弱い内部ポテンシャルを持っており,鉄スピネル(Fe2SiO4),マグネタイト(Fe3O4),クロマイト(FeCr2O4),ウルボスピネル(Fe2TiO4)など,多くのスピネル構造に含まれる.しかし,Fe2+が持つ弱い効果であっても,圧力を受けると,スピネル構造の対称性が変化し,ヤーン・テーラー歪みが発生することが,先行研究によって示されている(Kyono et al. 2012).スピネル構造におけるヤーン・テーラー効果は,マントル遷移層におけるスピネルの相転移の観点からも大変興味深い問題である.そこで,本研究では,最も顕著なヤーン・テーラー効果を示す代表的な遷移金属イオンであるCu2+に着目し,Cu2+を含むキュプロスピネル(CuFe2O4)を用いて,スピネル構造に対するヤーンテーラー効果の影響を調べた.


【実験方法】 キュプロスピネルの単結晶を得るために,CuO,Fe2O3を混合し,酸素雰囲気下で1300oCで3日間加熱した.合成試料からキュプロスピネルの良質な単結晶を選び,薄片を作成してEPMA測定を行った.分析の結果,化学組成はCu2+0.599(Fe2+0.401Fe3+2.000)2.401O4であった.高圧単結晶XRD実験には,自作のダイヤモンドアンビルセルを用いた.EPMA測定を行った試料から約100x100x20μmサイズの単結晶を切り出し,ダイヤモンドのキュレット面に載せ,ルビー片と共にメタノール・エタノール・水の混合液でガスケット内に封入した.高圧単結晶XRD測定は, 高エネルギー加速器研究機構放射光施設(PF)のBL10Aにて実施した.測定は,P=0.0, 1.8, 2.7, 3.8, 4.6, 5.9, 6.8GPaの各点で行った.


【結果と考察】 合成したキュプロスピネルは,立方晶系(空間群Fd-3m)のスピネル構造を示し,単位格子体積V=590.8(6)Å3から圧力増加とともに単調に減少した.圧力が4.6GPaのところでP-V圧縮曲線に不連続性が確認された.このことから,キュプロスピネルはこの圧力付近で相転移していると考えられる.P=0.0から3.8GPaまでのP-V圧縮曲線から,Birch-Murnaghan状態方程式によって求めた体積弾性率は,K0=188(4)GPaであった.この値は,同じスピネル構造のFe2+,Fe3+を含む磁鉄鉱(K0=182-186 GPa),ウルボスピネル(K0=185GPa)とほぼ同じ値であった.EPMAによって決定した化学組成から席占有率を精密化した結果,キュプロスピネルの構造式は,A(Fe3+0.90Cu2+0.10)B(Fe3+1.10Fe2+0.40Cu2+0.50)O4となり,Cu2+の多くはB席である正八面体型配位に優先的に占有されていることが分かった.本研究の注目すべき結果の一つに,キュプロスピネルは,圧力によって正八面体型配位内のO-M-O角の角度歪み(angular distortion)が徐々に減少し,理想的な正八面体型配置の90°に近付いていく性質があることが明らかになったことが挙げられる.そして,この性質は,リングウッダイト(Mg2SiO4)や鉄スピネル(Fe2SiO4),クロマイト(FeCr2O4)にも同様に認められることが分かった.結晶構造解析の結果,圧力が4.6GPaで,キュプロスピネルはスピネル構造である立方晶系(空間群Fd-3m)から正方晶系(空間群I41/amd)に相転移していることが判明し,B席ではCu-O距離がc軸方向に伸張し,c軸方向に伸びた八面体型配位に変化していた(図2).さらに,第一原理計算の結果から,ヤーン・テーラー効果は,Cu2+のdz2軌道と配位子である酸素の反発によるものであることが示された(図3).つまり,圧力によって八面体配位内のO-M-O角の角度歪みが減少していくことで,配位子が理想的な正八面体配置に近付いていき,これによってCu2+のdz2電子軌道との斥力が増加し,相転移が発生していると考えることができる.また,これはマントル遷移層でのリングウッダイトやクロマイトにも当てはめることができるの圧力誘起相転移メカニズムである.


●参考文献

Balagurov, A.M., Bobrikov, I.A., Maschenko, M.S., Sangaa, D., and Simkin, V.G. (2013) Structural phase transition in CuFe2O4 spinel. Crystallography Reports, 58, 710–717.

Kyono, A., Gramsch, S.A., Yamanaka, T., Ikuta, D., Ahart, M., Mysen, B.O., Mao, H.K., and Hemley R.J. (2012) The influence of the Jahn–Teller effect at Fe2+ on the structure of chromite at high pressure. Physics and Chemistry of Minerals, 39, 131–141


 




図1. スピネル構造における遷移金属のヤーン・テーラー効果







図2. キュプロスピネルの結晶構造変化









図3. Cu2+のdz2軌道と配位子の電子軌道
     
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