Bayesian inversion concept over fault(GNS, New Zealand)/topography texture

地震の「真実」を写し出す

10年以上の理論開発が切り拓いた新しい地震学

地震解析手法には、長年見過ごされてきた構造的な制約がある。本ページは、それに正面から向き合い、新たな枠組みを切り拓いてきた私たちの研究の記録である。

地震学の「限界」を越えるために

地震が起きた瞬間、地下深くでは何が起きているのでしょうか。私たちは地上で観測された揺れ(地震波)から、その答えを推定します。しかし実は、地震を解析する手法は長い間、ある「無理な前提」の上に成り立っていました。それは「地下の構造はわかっている」という仮定です。

地下は直接見ることができません。わずかな地下構造の違いでも、計算された地震像は大きく歪みます。それでも従来の解析では、その不確かさは無視されてきました。

「わからない」ことを、最初から認める

2011年、私たちは発想を転換しました。

地下構造がわからないなら、その「不確かさ」をあらかじめ計算に組み込めばいい。

この考え方(Yagi and Fukahata, 2011)により、ノイズに振り回されない、安定した断層滑りの推定が可能になりました。巨大地震である東北地方太平洋沖地震においても、地下で起きた現象を、より信頼性高く描き出すことができました。

DOI: 10.1111/j.1365-246X.2011.05043.x (Yagi and Fukahata, 2011)

解析理論の進化:2011年東北地方太平洋沖地震での比較
従来の解析手法
従来手法による東北地方太平洋沖地震の解析結果

地下構造の不確定性が「不自然な正断層すべり(アーティファクト)」として現れ、真の姿がノイズに埋もれている。

Yagi and Fukahata (2011) の手法
YF2011手法による東北地方太平洋沖地震の解析結果

不確かさを計算に組み込むことで、ノイズが取り除かれ、巨大地震の主破壊エリアが鮮明に浮かび上がっている。

「ノイズ」か「実像」か。 左図に見られる複雑な模様や、逆すべり(正断層すべり)は、実は地下構造が分からないことによる計算誤差が滑りとして解釈されてしまったものです。従来の方法では、すべり方向を強引に制限することによって、解析を行なっていました。一方で、私たちはこの「誤差」を無視せず、統計的に正しく扱うことで、右図のように信頼性の高い震源像を得ることに成功しました (Yagi and Fukahata, 2011)。
*従来の手法では、各観測点の誤差の分散を一定にするか、最大振幅と関連付けるのかという設定の違いでも、結果が結構変わります。

数え切れないほどの試行錯誤の末に、このアイデアへ辿り着き、ノイズの中からクリアなイメージが浮かび上がってきた瞬間は、今でも忘れられません。この研究により、柔軟な震源モデルの道が開けました。『問いを立て直す』ことで、世界の見え方が劇的に変わる。 あの時の興奮こそが、私の研究の原動力です。

八木 勇治

「誤差」とされていたものに、意味がある

次に立ちはだかったのは、断層そのものの形です。実際の断層は、滑らかな一枚の面ではありません。折れ曲がり、凸凹しています。これまで、その影響は「誤差」として処理されてきました。しかし私たちは考えました。

これは「誤差」ではない、断層の形の情報を引き出せるはず。

この発想から生まれたのが、Shimizu, Yagi et al. (2020) の手法です。

DOI: 10.1093/gji/ggz496 (Shimizu, Yagi et al., 2020)

断層を「面」から解き放つ — PDTI

そして現在、私たちは PDTI(Potency Density Tensor Inversion) に到達しています。PDTIは、「あらかじめ決めた断層面の上を滑る」という考え方を捨て、地下の変形そのものを、より自由な形で捉える解析手法です。

その結果、以下のような現象が驚くほど鮮明に可視化できるようになりました。

  • 複雑に折れ曲がった断層のリアルな形状
  • ブーメランのように破壊フロントが戻る特殊な地震
  • 一見“奇妙”に見える震源像
PDTIによる断層形状と滑り分布の3D可視化
PDTIによる3D断層モデル:Sato et al., Smooth surface reconstruction of earthquake faults from distributed moment-potency-tensor solutions, 2026, Fig 13を変更

「平面」という制約からの解放。 PDTIでは、あらかじめ断層面を固定しません。データが語るままに地下の変形を調べた結果、このように複雑な曲面を持つ断層の姿と、すべり分布(ポテンシー密度)を同時に描き出すことが可能になりました (Sato, Yagi et al., 2026の図13)。

地震の個性を描く:逆破壊伝播(ブーメラン地震)
逆破壊伝播アニメーション

常識を覆す「戻ってくる」破壊。 破壊フロントがブーメランのように震源方向へ戻る「逆破壊伝播」の様子です (Inoue, Yamaguchi, Yagi et al., 2025)。PDTIによって横ずれ断層地震が安定に解析できるからこそ到達できた、新しい知見を視覚化しています。

地震は、どれも同じではありません。PDTIは、その一つひとつの「個性」を理解するための、新しいレンズなのです。

もっと詳しく:PDTI の技術的側面

Potency Density Tensor Inversion (PDTI) では、断層面を幾何学的に固定せず、各グリッドにおけるポテンシー密度のテンソル成分を直接推定します。これにより、破壊過程における断層の曲がりや傾斜の変化をデータから直接抽出することが可能になりました。

Message from Yagi Lab

10年以上にわたる私たちの挑戦は、いわば「地震の解像度」を上げる旅でした。正確な震源過程を知ることは、将来の地震被害を予測し、地球への理解を深めるための不可欠な一歩です。