研究紹介: わたしたちの体に含まれるDNAなどの生体分子には,生命の起源から現在に至るまでの生物進化の歴史が刻印されています.
この「生体分子に刻まれた歴史情報」を読み取り,地球の歴史や化石記録と比べることによって,地球と生物の相互作用の歴史を明らかにすること,これが私の研究テーマです.
地球科学と生物科学をつなぐこのような研究分野は,単に古生物(過去の生物)の姿や生態,起源を知るためだけでなく,過去の地球環境やそこでのできごとを理解するためにも今後ますます重要になるだろうと私は考えています.

<「カンブリア紀の爆発」と多細胞動物の起源>
今から5.4億年前頃に現在の地球で見られる様々な動物の祖先がいっせいに化石記録に登場しますが(「カンブリア紀の爆発」),この時に一体何が起きたのか,いかにして多細胞動物が成立し,様々なボディプラン(体のつくり)が分化したのかは,大きな謎につつまれています.
この問題にアプローチするため,mtDNAの遺伝子配列の比較による多細胞動物の系統関係の推定や,軟体動物の形態形成に関与する遺伝子の発生遺伝学的解析を行っています.

<貝殻タンパク質と生体鉱物形成(バイオミネラリゼーション)>
生物は骨,歯,貝殻など様々な機能的な形状と構造を持った生体鉱物を常温常圧下で形成しています.
これらの硬組織は,大部分「カンブリア紀の爆発」に起源を持ち,また化石としてよく保存されることから地質学・古生物学的にもきわめて重要ですが,それらの形成機構は,まだよくわかっていません.
私たちは,その解明の鍵を握っていると考えられる生体鉱物中の有機基質に着目し,ホタテガイやアコヤガイの貝殻中に含まれるタンパク質とそれらをコードする遺伝子の解析を行っています.

<腕足動物の進化史>
腕足動物は,二枚の殻を持った海生無脊椎動物の仲間で,生物の中でも化石記録が最も豊富な分類群の一つです.古生代から変わらぬ姿の「生きている化石」として有名なシャミセンガイもその仲間です.
私たちは研究調査船などを利用して日本近海での現生腕足動物の多様性や分布の調査を行っています.
また,そこで採集された標本をもとに分子系統樹を構築し,形態の観察や化石記録との比較も含め,腕足動物における分子進化や形態進化の研究を行っています.

<化石ペプチドの比較に基づく絶滅種の分子系統解析>
生物のからだを構成するタンパク質,糖質,脂質,核酸などの生体分子は,その生物の死後,大部分分解されてしまいますが,中には分解を免れ,地層や化石の中に保存されるものもあります.
このような分子化石は通常の体化石と同様,過去の生物のことを知るための直接の証拠となります.
私たちは小笠原諸島にかつて生息していたカタマイマイの絶滅種について,その貝殻に残された基質タンパク質の断片を現生種のものと免疫化学的に比較することにより,これら絶滅種の進化史を明らかにしようと試みています.

自然科学を学ぶ上で大きな夢(ビジョン)を持ち続けることはとても大切なことです.また同時に,ものごとにはすべて前提があること,そしてその前提が常に正しいとは限らないことを認識することも大切です.
前提を疑ってみることのできない人は結局ノウハウしか学ぶことができません.
地球科学には,そのマイナーな印象とは裏腹に,壮大な夢と批判的精神を満足させてくれる奥深さがあります.