Re-investigation on the crystal structure of whewellite [Ca(C2O4)・H2O]
and
the dehydration mechanism of caoxite [Ca(C2O4)・3H2O] |
Takuya Echigo, Mitsuyoshi Kimata, Atsushi Kyono, Masahiro Shimizu
and Tamao Hatta |
Mineralogical Magazine Vol. 69(1) P. 63-74 |
はじめに |
【シュウ酸カルシウム鉱物】
代表的有機鉱物であるシュウ酸塩鉱物の中で、シュウ酸カルシウム鉱物はwhewellite[Ca(C2O4)・H2O]、weddellite[Ca(C2O4)・2H2O]、caoxite[Ca(C2O4)・3H2O]の三種が知られており、最も種類が多い[1-2]。その中でも産出頻度が最も高いのは1水和物のwhewelliteである[3]。これらの結晶構造上の共通点として、カルシウム原子に酸素原子が8個配位したCaO8多面体を持っている点が挙げられている[2, 4]。このCaO8多面体を基本構造として考えると、caoxiteは二量体の組み合わせとなり、weddelliteは一次元チェーン構造となり、whewelliteは二次元シート構造となる[2]。whewellite、weddelliteはcaoxiteの脱水に伴って生成されることが古くから予想されており[5]、その脱水機構は前述のようなCaO8多面体の重合に支配されていると考えられている[2]。しかし、合成caoxiteの熱分解実験の結果、caoxiteは116.5°Cでweddelliteを経由せずに直接whewelliteに変化することが判明した[6]。つまり、CaO8多面体の重合に基づく説明は実際の脱水過程と矛盾しているため、改めて脱水過程に整合的な解釈を与える必要がある。
これまでの研究の問題点】これまでの研究の問題点として、脱水反応にも関わらず、シュウ酸塩鉱物中の水分子の立体配置を考慮していなかった点が挙げられる。また、whewellite中の水素原子の位置も完全には決まっていない[7]。
【研究目的】
そこで今回、赤外線吸収スペクトルによる水分子の状態の考察と、低温X線結晶構造解析によるwhewelliteの水素原子の位置決定から、脱水反応に整合的な結晶構造の解釈を与えることを目的とした。同時に、鉱物中の水和水の数量の違いが天然環境における産出頻度に与える影響も考察する。
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実験 |
試料として、Czech, Bilina産の天然whewellite、ヒト腎臓結石である天然weddellite、森重ら(1999)の方法で合成された合成caoxiteを用いた。分析には全て実体顕微鏡下で選別した単結晶を使用した。赤外線吸収スペクトルの測定には、フーリエ変換型顕微赤外分光計を使用した。whewelliteの結晶構造解析は、IP型単結晶X線回折装置と液体窒素クライオスタットを用いて123Kで行った。
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結果と考察 |
【赤外線吸収スペクトル】
3種類のシュウ酸カルシウム鉱物の赤外線吸収スペクトルを比較すると、caoxiteとwhewelliteのスペクトルが全体的によく似ていることが分かる(図1)。特に、O-H伸縮振動に起因する3000-3600cm-1の吸収帯において、caoxiteとwhewelliteは3429cm-1と3476cm-1にそれぞれ吸収のピークを示したのに対し、weddelliteは3286cm-1に最も強い吸収ピークを示した(図1)。これは結晶構造中の水分子の立体配置がcaoxiteとwhewelliteで類似することを示している。同じくカルボニルイオンのO-C-O対称振動に起因する1400cm-1付近の吸収帯とO-C-O逆対称振動に起因する1600cm-1付近の吸収帯において、whewelliteとcaoxiteのスペクトルは酷似している(図1)。これは両構造におけるシュウ酸イオンの結合(Ca2+−C2O42-)立体配置が近似することを示唆している。 |
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図1.シュウ酸カルシウム鉱物の赤外線吸収スペクトル |
【低温単結晶構造解析】
123Kで測定を行い、水分子の熱振動を抑制したため、whewellite中の全ての水素原子位置を決定することができた。さらに、全ての水素原子は水素結合を形成していることも解明された(図2a)。whewelliteとcaoxiteの結晶構造を比較、検討した結果、結晶構造を構成する基本単位としてシュウ酸とカルシウムで形成されたチェーンが存在し、さらにそのチェーン間をシュウ酸が結合したシート構造が共通して存在することが判明した(図2)。このチェーン−シュウ酸シート構造を前提に結晶構造を再解釈すると、caoxiteはその層間に水分子がインターカレートし、その層間水が発現する水素結合によってシートが波状に折りたたまれているとみなすことができる(図2b)。caoxiteの加熱・脱水に伴ってシートを折りたたむバネのような水素結合が切断され、その波状シートが平面状に引き延ばされる。そして層間水と結合していたシュウ酸がその結合様式を保ちながら向かい合うシート中のカルシウムと結合すると考えると、caoxiteからwhewelliteへ、直接、相転移することがことが説明できる(図2)。以上の考察は赤外線吸収スペクトルから得られた結論と整合する。
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図2a. whewelliteの結晶構造 (123K) |
図2b. caoxiteの結晶構造(Deganello, 1981) |
【構造ユニットと水分子の配置が鉱物の安定性に与える影響】
caoxite中の水分子は波状シート間に存在しているのに対し、whewellite中の水分子はシート内に存在する構造単位の一部となっている。そのためwhewellite中の水分子はcaoxite中の水分子に比べて強固に結合されており、脱水に必要な活性化エネルギーが高いと推察できる。また、2水和物であるweddelliteの基本構造はチャンネル構造であり、ゼオライト水に相当する水を保持する[7]。weddelliteの水和水は、このチャンネル間をつなぐ結合を水素結合によって補強しており、チャンネル構造を構成するものではない[7]。そのためweddelliteの脱水温度は、caoxiteと同様にwhewelliteよりも著しく低い。このように、シュウ酸カルシウム鉱物の水和水の立体配置は、脱水温度、すなわち鉱物の安定性に強く影響する。天然シュウ酸カルシウム鉱物の中で、whewelliteが最も産出頻度が高い理由は、水和水が構造単位の一部になって結晶構造中に強固に結合されているため、常温付近での安定領域が広くなるためと推定される。
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【参考文献】
[1] Gaines et al., Dana’s new mineralogy: the system of mineralogy of
James
Dwight Dana and Edward Salisbury Dana, 8th Ed.
pp. 1011 (1997)
[2] Basso et al., Neue. Jah. Min. Mon.,1997 (2), 84-96(1997)
[3] Hofmann and Bernasconi, Chem. Geol., 149, 127-146 (1998)
[4] Deganello et al., Amer. Min., 66, 859-865 (1981)
[5] Tomazic and Nancollas, Jour. Cry. Grow., 46, 355-361 (1979)
[6] 森重 他, 近畿大学理工学部研究報告, 35, 53-59 (1999)
[7] Tazzoli and Domeneghetti al., Amer. Min., 65, 327-334 (1980)
[8] Frost and Weier., Thermochim. Acta, 406, 221-232 (2003) |