輝安鉱(Sb2S3)のSe置換によるSb 5s2孤立電子対の立体化学変化

興野 純,早川明伸,堀木麻由美


Physics and Chemistry of Minerals, 42, 475-490, 2015.

   【はじめに】 日本のような島弧の火山地帯には,ヒ素,アンチモン,ビスマスといった重金属元素の濃度が比較的高い.この原因には,海底堆積物に含まれる重金属が火山活動のマグマの供給源となっていることが理由に挙げられる.そのため,雄黄(As2S3),輝安鉱(Sb2S3)(図1),輝蒼鉛鉱(Bi2S3)は,日本列島の熱水性鉱床には比較的多く観られる硫化鉱物である.このV族元素のAs,Sb,Biは,結合に寄与しない不活性な電子軌道である4s2,5s2,6s2孤立電子対を持つため,その配位環境は常に立体化学的活性となる.そのため,輝安鉱と輝蒼鉛鉱の結晶構造内では,SbとBiは特徴的な3配位と5配位の片側配位を形成している.これによって,輝安鉱,および輝蒼鉛鉱の結晶構造は,斜方晶系,空間群Pnmaでb軸方向に伸張したリボン状構造を示す(図2).これまでの実験から,輝蒼鉛鉱とは連続固溶体を形成することが知られている.さらに,硫黄と化学的性質が近いセレンが硫黄と置換したセレン輝安鉱(Sb2Se3)という鉱物もまた,輝安鉱と同じ結晶構造を保持し,輝安鉱と連続固溶体を形成することが知られている(Liu et al., 2008).Se/S濃度比は火山活動やマグマの性質を示唆する地球化学的指標としても用いられており,重要な地球化学的なパラメーターの一つである.一方で,近年は,このV族-VI族化合物V2VI3(V = As, Sb, Bi; VI = S, Se, Te)が,光起電力効果,光電導効果,光触媒効果といった優れた光特性を持つことが明らかになってきたことから,次世代の太陽光エネルギーの変換素子としても大いに注目を浴びて来ている.本研究は,輝安鉱の結晶構造中の特異な配位形態を形成するSbの5s2孤立電子対による立体化学的効果にセレンがどのような影響を及ぼすか,単結晶X線回折測定と第一原理計算によって詳細に調べた.


【実験方法】 単結晶の合成は,出発物質のSb,S,Se粉末を秤量し石英チューブに真空封入した後,電気炉で加熱した.単結晶X線回折測定は,Rigaku-RAXIS RAPIDによって行い,SHELXL-97によって結晶構造精密化した.測定は,Sb2S3からSb2Se3の組成間で約20点である.化学組成分析は,EPMA(JEOL JXA-8530F)で行った.第一原理計算は,Gaussian-09プログラムを用いた.


【結果と考察 単結晶X線回折測定から,輝安鉱(Sb2S3)とセレン輝安鉱(Sb2Se3)の間には完全な連続固溶体が形成されることが明らかになった.セレンの濃度が増加するにつれて,単位格子は等方的に増加し,単位格子体積も単調増加した.単位格子の増加率は,a軸方向が最大で,リボン状構造の伸張方向であるb軸方向が最小であった.Sb-S結合距離は,セレンとの置換が進むにつれて,すべてにおいて連続的に増加した.一方,5s2孤立電子対によって片側配位を形成しているSbでは,それを取り囲む配位多面体は5s2孤立電子対による立体化学効果を示す.セレンの濃度増加にともなう配位多面体の偏心率の変化を調べた結果,Sbの5s2孤立電子対による立体化学効果は,セレンの濃度とともに減少した.これは,セレンによって立体化学効果が減少していることを示唆する.この結果を詳細に解析するために,第一原理計算を行った.計算の結果,輝安鉱(Sb2S3)では非常に活性であった立体化学的効果が,セレンが置換することで一部のSb周囲の立体化学的効果がほぼ消滅することが明らかになった(図3).そしてこの現象は,硫黄がセレンと完全に置換するセレン輝安鉱(Sb2Se3)にいたるまで継続した.これらの結果から,輝安鉱(Sb2S3)にセレン輝安鉱(Sb2Se3)が固溶することでSbの5s2孤立電子対による立体化学効果は減少するということが明らかになった.


●参考文献

Liu JJ, Liu JM, Li JL, Xie H, Wang JP, Deng J, Feng C, Qi F, Zhang N (2008) Experimental synthesis of the stibnite-antimonselite solid solution series. International Geology Review, 50, 168-176.

 


図1. 輝安鉱(Sb2S3)




図2. 輝安鉱(Sb2S3)のリボン状構造






図3. 立体化学的効果
     
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